物静かなサッカー少年のでっかい夢

2018/01/13 Writer:リセル

盆地の厳しい暑さは毎年経験しても慣れない。そんな猛暑の日、ヴァンフォーレ甲府のホームゲームでのことだ。

ただでさえ湿気が高くじめじめしているのに、スタジアムへの入場を待つ列の中は人が密集していて余計に蒸し暑い。普段は何かしら話をしている私と父だが、この時ばかりは「暑い」くらいしか言うこともなく、ただ暑さに耐えて列整理を待っていた。

開門30分前になり、列整理のアナウンスがかかる。その時、父や私と時々一緒に並ぶ父の知人の男性が、小学生くらいの男の子と一緒に小走りで私達のところへやって来た。知人の男性の年齢は聞いたことがないが、70代前半の父と同じくらいに見える。

「お孫さん?」

父がそう尋ねると、汗だくの男性は「そう。スポ少でサッカーやってるから、たまには一緒に、な?」と男の子の方を向き、男の子もこくんと頷く。

列整理が終わり、父と男性は色々と世間話を始めた。しかし男の子は祖父である男性に話しかける訳でもなく、列を離れてどこかに行く訳でもなく、ゲームをするでもなく、大人しく静かにしていた。私は少ししゃがみ、男の子と目線の位置を合わせる。

「サッカーやっているんだね」

私の言葉に、少年は素直に頷く。

「ポジションはどこ?」

「サイド」

男の子は目をそらしながら、小さな声でそう言った。

「そうなんだ、じゃあ結構走るポジションだね。すごいね」

私のサッカー知識はあまり無いので、的確な言葉ではなかったかもしれないが、男の子は少しはにかんだ。

「将来の夢は何?」

私が問いかけると、男の子はポジションを答えた時よりさらに小さな声で「サッカー選手」と答えた。元々大人しいから声が小さかった、というより、何だかおそるおそる答えているような感じを受けた。

「すごいね。どこのクラブに入りたいの?」

私は出来るだけゆっくりと、男の子のトーンに合わせて問う。すると男の子は間を空けて、言おうか言うまいか悩んで、そして蚊の鳴くような声でこう言った。

「……柏レイソル」

ここで私は悟った。きっとこの子は以前にもそう答えて、周りから「何でヴァンフォーレじゃないの?」と言われてきたのだろう。そして私にもそう言われると思って怯えていたのだ。

私も一瞬だけ「何でヴァンフォーレじゃないの?」と思った。しかし、それは言うべきではないと瞬時に考え直した。確かに「ヴァンフォーレに入りたい」と言ってくれればそれはもちろん嬉しい。しかし、男の子が「柏レイソルに入りたい」と思っている以上、彼の気持ちを尊重したい。開門前の待機列という甲府サポに囲まれているような状況で、初対面の私に対して自分の思いを発してくれたのだから。

同時に男の子の思いに気付かず、色々と詮索してしまった私自身にかなりの罪悪感と後悔を覚えた。男の子は私から目線を逸らしたまま、うつむいている。私はなるべく明るく、語りかけるようにこう言った。

「そっかあ。夢はでっかく、だね。頑張ってね」

男の子がハッとして私の顔を見上げる。視線がようやく合った。はっきりと表情を出すことはなかったが、それでも何となく嬉しそうな顔をしていて、私も一安心した。

私の父と話しながらも一部始終を聞いていたのか、祖父である男性は男の子の方を向き、「そうだよな、夢はでっかく、だな」と男の子の頭にぽんと手を乗せた。

サッカー選手を目指す子どもが、強豪クラブに入ることを夢見るのは悪いことではないはずだ。それぞれでっかい夢を持って一生懸命努力した日々は、結果的に夢が叶ったにしろ叶わなかったにしろ、その子の将来に必ずプラスになる。もちろん「地元のクラブに入って優勝させるんだ!」というでっかい夢を持った子どももいてほしい。

強豪クラブに入りたいという夢を持つ子ども達。彼らの気持ちを知らない周囲の人間はとかく「何で地元のクラブに入らないの?」と言いがちだ。地元クラブのサポーターなら尚更そうだ。しかし、その子の気持ちを、夢を否定してはいけない。しっかり受け止めて尊重するべきだ。地元愛、クラブ愛はもちろん大切だが、何気ないその一言が時にサッカー少年のでっかい夢を否定してしまうことに気付いてほしい。

「ありがとう」

男の子は私の目を見て小さな声で、しかしはっきりとそう言った。蒸し暑い待機列に爽やかな風が吹き抜けた気がした。

「頑張って。応援しているからね」

きっと彼は十年後、黄色のユニフォームに身を包み、日立台のピッチで躍動していることだろう。

Writer:リセル

ヴァンフォーレ甲府とミサンガ作りと文章を書くことが好きな自由人。「Jサポライター部」のサイト管理担当、Jリーグのハンドメイド作品が集まるサイト「Jサポハンドメイド部」の管理人をやっています。まだまだJサポ歴が浅いので、Jリーグのことをもっと知りたいです。