ちびっこ前向き応援団が教えてくれたこと

2018/01/01 Writer:リセル

その日は、試合会場の開門前から諦めムードが漂っていた。

ある年のサッカーJ1リーグ。地元クラブ「ヴァンフォーレ甲府」のホームゲームでのことだ。前の月から負け試合が続き、気付けば18クラブ中17位。まだシーズンの折り返しだというのに、早くも「J2降格」の文字が脳裏にちらついていた。

「今日もどうせ負けるずらね~」

焼けつくような日差しと蒸し風呂のような湿気。そんな暑さから少しでも逃れようと、メインスタンドの入場列近くの日陰にいた私に、知り合いのおじいさんが甲州弁で話しかけてきた。

「まあ、そう言わずに。勝ちましょう」

「どうなるだかね~。無理だと思うけんど」

おじいさんは完全に諦めている様子で、ため息をつきながら去っていった。「勝ちましょう」と言った私も、そこまでポジティブな気持ちで言った訳ではなかった。毎試合のように複数失点・無得点で負ける試合を見ていれば、ため息も自然と出る。「勝ちましょう」とでも言わなければ、自分の気持ちが沈んでいく一方だ。

それでも入場して席を確保し、マスコットショーを見ているうちに、ネガティブな気持ちは少し落ち着いた。ヴァンフォーレ甲府のマスコット、ヴァンくんとフォーレちゃんはいつだって前向きだ。

マスコットショーと市民パフォーマンス、フェアプレー宣言が終わり、ゴールキーパー二人がウォーミングアップのためピッチに出てきた。メインスタンドは座って観戦する席種のため、ピッチ内アップの時に立ち上がる人はゴール裏(立ち応援をする席種)より大幅に少ない。それに加え、負けが込んでいたためか立つ人はさらに少ないように見えた。

二人のゴールキーパーはメインスタンドに向けて一礼しサインボールを観客席へと投げ、ゴール裏へと移動する。そこでまた一礼すると、ゴール裏にいるサポーターのかけ声とともに、ゴール裏の大旗が上がった。そして手拍子とともに、ゴールキーパーのコールがかかる。

「河田! 河田! 河田!」

しかし、その声はゴール裏だけのものではなかった。

私が座っている席の通路を挟んで横、坊主頭で眼鏡をかけた男の子と短髪の男の子――二人とも小学校2、3年生くらい――がゴール裏に合わせて大きな声でコールをしていたのだ。二人とも甲府のユニフォームは着ておらず、Tシャツに短パンだった。

ゴール裏ではゴールキーパーのコールが終わると、チャント(応援歌)を歌い始める。二人の男の子はその応援歌も大きな声で歌い始めた。歌詞はうろ覚えらしく、所々間違ったり詰まったりしている。二人の近くに座っていた初老の夫婦は驚いているような表情を見せ、若い女性は怪訝な眼差しで二人を見ていた。

私も正直、あまりにうろ覚えのチャントに一瞬「うるさい」と思った。しかし、その考えは後々改めさせられることになる。

ゴールキーパー以外の選手もピッチに出てきてアップを始め、メンバー入りした選手の紹介が行われる。ヴァンフォーレ甲府の選手紹介は、大型ビジョンの映像に合わせスタジアムDJが選手の名前を言った後、ゴール裏からその選手のコールがかかるのだが、男の子二人はそのコールも大声で言っていた。コールもほとんどうろ覚えで、甲府の土屋征夫選手のコールは愛称の「バウル」と言うところを、二人は「土屋!」と言っていた。聞き取りづらい選手名は一瞬詰まる場面もあった。

「甲府の選手、ほとんど知らないのか……」

私がそう思い、他の人も同じ反応だろうと周囲を見回した時だった。

毎試合、メインスタンドに応援の協力をお願いに来る、応援団「インチャス」のメンバーの若い男性。拡声器を持って通路に立っていた彼が、選手が紹介されるたびにコールをする二人を見て、嬉しそうに笑顔を見せていたのだ。

そして、周りの反応も、そして私の気持ちも徐々に変わり始めた。二人は選手の名前を知らずとも、一人一人違うコールが分からずとも、むせかえるような暑さの中、一生懸命コールを続ける。知らないからといって途中でやめることもせず、間違ったからといって恥ずかしがる素振りも見せず、コールをすることに全神経を集中させていた。そんな二人に、周りの人々も自然とコールに合わせて手拍子をし始めた。私もそのひたむきな姿に感銘を受け、今まで「うるさい」と思っていた自分の考えを猛省した。

結局二人は甲府のスターティングメンバーとサブメンバー、そして監督の総勢19名のコールを全て言い終え、最後のヴァンフォーレコールもきっちりとやり切った。コールが全て終わった後、座席の下に置いてあった水筒を掴み、ごくごくと音を立てて水を飲む二人は、何だか輝いて見えた。

アップを終えた選手達はいったんロッカールームへ下がる。ボールパーソンと担架隊も所定の位置についてしばらく経つと、アップ時の練習着からユニフォームに着替えた選手達が入場する。

選手入場時、サポーターは自分が持っているタオルマフラーを掲げるのだが、私がふと二人の方を見ると、二人はタオルマフラーを持っておらず、緊張した面持ちで選手をじっと見つめていた。「12番目の選手」という言葉がぴったりで、「これから自分達も選手と一緒に戦うんだ」という気持ちが表れていた。

対戦する選手同士の握手とチームの記念撮影を終え、選手達はピッチに散らばる。この時も各選手のコールがかかるのだが、二人はそれもサボることなくやっていた。

選手達は一カ所に集まって円陣を組み、再び散らばる。そしてキックオフの笛が鳴った。

練習時に歌っていたものとは違うチャントがゴール裏から聞こえてくる。二人はやはり所々間違えながらも、一生懸命歌っている。

甲府の選手がボールを持って駆け上がり、あと少しでシュート、というところまで行くが、途中で相手選手にボールを取られた。スタジアムから一斉にため息が聞こえる。方々から「何やってんだよ……」「もったいねえな」という呆れたような声も聞こえる。「ちゃんとやれよ!」と大声の野次も飛んだ。再びどんよりムードがメインスタンドにも充満しかけた、その時だった。

「ドンマイドンマイ! 次だよ次!」

声変わり前の甲高い声がメインスタンドに響く。声の主はやはりその二人だった。二人はチャントをいったんやめ、ピッチにいる選手にも届きそうなほど大きな声でそう言ったのだ。

その直後、再び甲府の選手がミスをする。

「大丈夫! 次だよー!」

その後も二人はチャントを歌いつつ、甲府の選手がミスをして周りからため息が漏れるたびに、

「ドンマイ! 切り替えだよ!」

「頑張れー!」

とポジティブな声をかけていた。また、甲府の選手と相手選手が交錯し、甲府側がファウルになっても、相手選手を悪く言うことは一切なく、「切り替えていこう!」と甲府の選手の後押しに全力を注いでいた。

そして、気付けば周りの空気が変わっていた。ため息やネガティブな言葉、野次が確実に減っていた。私もため息をしそうになるたびに二人が前向きな言葉を選手に投げかけるので、「応援しなくちゃ」という気持ちになる。

「そうだよ、頑張れー!」

私の口から自然と言葉が出てきた。それは私だけではなく、二人の周りにいた人々もそうだった。甲府が失点した時でさえ、二人の思いに呼応するかのように、「頑張れよー!」「まだ時間あるぞー!」と前向きな言葉が発せられる。また、ゴール裏とともに歌う二人のチャントに合わせた手拍子もいつもより多く聞こえた。

二人は試合終了の笛が鳴るまで、チャントと声かけを続けた。二人の思いも虚しく、試合は完封負け。帰りがけに二人を見たところ、90分以上声を張り上げていたためか、若干疲れた表情をしていた。しかし目はまっすぐ、戦い抜いた選手達を見つめていた。

 

◆◆◆

 

甲府のホームゲームでは、選手がミスをした時などに観客席から漏れるため息がとりわけ多いとされる。90分間歌い跳ねるゴール裏はまだしも、座って観戦するメインスタンド、バックスタンドからはため息や野次が多い。

どの席にいる誰だって、勝ちたくてスタジアムに来ている。「無理だと思うけんど」と私に言ったおじいさんも、どこかで勝利への希望をわずかながらでも持っているから来ている。負け試合を見ようと思って来ている人は誰一人としていないだろう。

戦況が芳しくない時、観客は「勝ってほしいから応援する」か、「勝ってほしいのに自分の思い通りにいかない」という2つの気持ちがわき上がる。どちらの気持ちが先行するかで、態度が分かれることになる。前者の思いが強ければ歌い跳ねたり、メインやバックならチャントに合わせて手拍子をする。後者の思いが強ければ、それは野次やため息に変わる。

メインやバックは立ち応援の席ではないので、「勝ってほしいのに自分の思い通りにいかない」という人がゴール裏より比較的多いように感じる。野次を飛ばす人の中には「勝ってほしいからこそ言わずにはいられなかった」という主張をする人さえいる。本人にしてみれば奮起を期待しての叱咤激励という感覚だ。

しかし、あの二人――「ちびっこ前向き応援団」は、そういった人々の間違いを気付かせてくれた。二人の「勝ってほしいから応援する」という気持ちは混じりけがなく、誰よりも強かった。常に選手とともに戦い、時に「ドンマイ次だよ!」と選手を鼓舞した。真に選手を奮起させ後押しするのは、二人のそういった行動と気持ちに他ならない。

選手の名前を全員知らなくても、コールやチャントがうろ覚えでも、ユニフォームやタオルマフラーを持っていなくても、「応援したい」という気持ちがあれば誰でもサポーターになれる、ということを私は学んだ。世間では「にわか」という言葉があるが、真のサポーターというのは、クラブや選手を応援する気持ちが一番大事なのではないだろうか。

今回は歌っていたのが子どもで、しかも通路のすぐ後ろの席だったために、文句を言う人がいなかったかもしれない。だが、二人のその純粋な心意気は周りの人の気持ち、そして私の考えも確実に変えた。

実はそれ以降、二人の姿を見たことはない。ゴール裏に行ったのかもしれない、と思っているが、もし二人の行動をたしなめた人がいて、二人がスタジアムへ来なくなってしまったとすれば悲しいことだ。

ちびっこ前向き応援団が教えてくれたこと。それは本来あるべきサポーター像、そして本当の意味で選手を後押しすること。その2つを心にしっかりと刻み、今も私はメインスタンドから応援している。いつかまた、ちびっこ前向き応援団と再会できることを願いつつ。

Writer:リセル

ヴァンフォーレ甲府とミサンガ作りと文章を書くことが好きな自由人。「Jサポライター部」のサイト管理担当、Jリーグのハンドメイド作品が集まるサイト「Jサポハンドメイド部」の管理人をやっています。まだまだJサポ歴が浅いので、Jリーグのことをもっと知りたいです。